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別に押尾学の話じゃないけど

昨日、車で移動中、ラジオを聴いていた。
松任谷由実のSweet Discovery。
ゲストの女性(今、調べたら辛酸なめ子さんだったみたい)とのトークは、マスコミの『のりピー(酒井法子)バッシング』は、やりすぎじゃないかという話題から押尾学へ。

ゲストの女性が言う。
「『押尾語録』とか読んだことがあるんだけど、高速道路で震えてた猫を助けたことがあるんだって。でも、その話も今回のことで嘘だって分かったし。」

えっ、なんで?と思った。

「だって女性を置き去りにしてるし。」

そうか、『猫』と『人間の女性』の命の重さを比較したのだな。
でもそれは判断基準が違うのではないかな。



押尾が猫を助けた話は、たぶん本当だと思う。
猫を助ける人が、人間を見殺しにするはずがない、と言う意見ですが、それは状況が違う、全然別の話じゃないですか。



高速道路を走っていたら、震えていた迷い猫を見つけた。
僕は自分の身の危険も構わずに車を止め、猫を救った。

これって結構自慢できるじゃないですか。
僕ってヒーロー。
高速道路上で停車して、車外をうろつくことで、他の車が事故を起こす危険性など考えてないけどね。
猫を救った優しくてカッコイイ自分には、プラスの評価を与えるじゃないですか。

では、女性を放って逃げたことはどう考えるか。



違法薬物を一緒に使用していた(あるいは自分が勧めた)女性が急に苦しみだした。
僕はすぐに救急車を呼び、人工呼吸をするなど、なんとか女性を助けようと試みた。

これ、自慢できますか?
女性を助けるのは当たり前のことで、重要視されるのは違法薬物を使用していたことですよね。
他人が見たら、「なにやってんだ、こいつは」ですよね。
逮捕されたら今後の生活が変わっちゃいますよね。
そりゃ、怖くなって逃げるでしょ。



つまり、猫を助けたことと、苦しむ女性を放って逃げたことは、全然矛盾しないんです。



AだからBである。

AだからといってBであるとは限らない。

このあたりの判断基準は間違えないようにしたいものです。

| 考え事 | 05:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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